男ふたご TとY(H14.12月26日生まれ)の母です。ふたごは中学生になりました! 私はスーパーのレジ打ち。まだまだ育児と育自の日々です・・・。


by yuutai-say

うちの双子がうまれるまで。④~うまれてすぐ~

うまれてすぐ 子供達は、保育器に入れられ NICUに移された。
私は 開腹部の縫合の後、3階の個室へ移され、そこでやっと家族に会うとことができました。その頃には後腹?後陣痛っていうんでしょうか?子宮がぎゅ~っと収縮するための痛みで ほとんど話もできない私の顔を 旦那や舅・姑は心配そうにのぞきこんで いろいろ聞いていたような気がします。しばらくして、旦那が新生児科(NICU)の医師から話があると言われ呼ばれていきました。
舅・姑もついて行っていたのですが 「お父さんだけお入り下さい」と言われて 父親の自覚がまだ全くない旦那は「父さん 入って って」と旦那の父(舅)に言ったとか・・・(^^;
医師の話では、生まれた時の体重は、 第一子853g 34.0cm、第二子1291g 37.0cm。ステロイド剤のおかげか、小さいけど第一子の方は、自分で呼吸できている、まだ十分ではないので保育器内で酸素調節をしているということだ。第二子は、人工呼吸器で呼吸を助けている。それから 2人とも心室中隔欠損症(心臓の壁に穴があいているという病気)だという。体の成長と共に80~90%は自然にふさがるだろう ということだった。
旦那は、その時は 自分の中でまだよく理解できずにいたからか、私に心配させないようにか あまり 詳しいことは 教えてくれなかった。   

小さな体で一生懸命がんばっている 子供達を見て、私も子供達のためにと 3~4時間ごとに搾乳して NICUに届けてもらっていた。初めは うまく自分で搾乳できなくて1時間くらいかかっていて、看護士さんに「あんまり時間かけすぎると疲れてしまって逆に母乳がでなくなっちゃうよ?!」と言われたこともあった。少しでも楽に搾乳できるようにと 看護士さんが電動の搾乳機をすすめてくれ とりあえず病院のものを借りて 使ってみることにした。次の日 家でも続けて使えるようにと市販のコンパクトな搾乳機を買ってくれたので それを使って毎日搾乳した。

d0000459_0294729.jpg手術から1週間後、私だけ退院になった。私の実家には、母がいなかったので 里帰りせず、そのまま 同居している家でしばらく 姑に食事の世話等をしてもらった。
退院後 しばらくは、寝て ごはん食べて 搾乳して の繰り返しの日々だった。産後は、テレビや本を見ると視力が下がる と旦那に禁止されていたので 退屈だった。退屈で、子供達のことばかり考えていた。
写真は 生まれてすぐの頃の (たぶん)Tの手↑と足↓d0000459_16222692.jpg 











3月15日にやっと子供達は退院して家に帰ってくることができた。 
その時の体重は、  T 2355g、  Y 2485gだった。

子供達が帰ってきて しばらくは、ほんとに寝る間もないほど忙しかった。私は、初めて 目の下にクマをつくった。(-_-;) 昼間は姑が、家に はりつけ状態で子供達の世話を手伝ってくれた。子供達が入院中に搾乳して 冷凍しておいたものを 温めて哺乳瓶で飲ましてもらったり、オムツ替えや寝かしつけなど 本当に助かった。夜は2階で寝かすことにしたのだが、旦那が夜中 一緒に起きて世話を手伝ってくれたのは、最初の何日かで、あとは 泣き声にも慣れてしまったのか イビキをかいて寝ていた。(-_-)zzz  (゜o゜)// 

保育士をしていた と言うと「じゃあ慣れたもんでしょう?」と思われがちだが、ただ 他の人より 子供に接することが多かった というだけだと思う。子供達の世話をしながら [育児は、保育とは全く違うものだ]と 実感した。

d0000459_2195840.jpgd0000459_11273951.jpg
左←は生後3ヶ月半くらい 右→は生後半年頃       下↓は1歳頃
d0000459_21172730.jpg

[PR]
by yuutai-say | 2005-06-25 00:09 | うちのふたごの妊娠・出産記